2022年11月に社内で21周年イベントがあり(沿革)、改めて自分の正式な入社日を見てみると勤続20年を過ぎていたので、振り返りをしてみたいと思います。
完全に個人的な N=1 な話のため、大半の人には何も響かないと思いますが、ベンチャーへの興味が欠片でもある若い人になら多少は足しになるかもしれない。そんな記念ポエムです。
経歴の話
もし少しでも参考にしようとする人が見てくれた場合、どういう道を歩んできたかが見えた方がイメージしやすいと思うので、ザックリ経歴をまとめてみます。2001/01 | タッチタイピングの練習開始 |
2001/03 | 北海道の普通の進学校を卒業 |
2001/04 | 京都の大学に入学 |
2001/05 | 知り合いに適性がありそうとプログラミングを勧められ始める |
2002/03 春休み | ドリコムにアルバイトとして入社 |
2002/08 夏休み | 自主退学 |
2002/09/01 | 正社員 第一号に昇格 |
2022/11 | 変わらず肩書き無き正社員 |
振り返ってみると、入社からたった4ヶ月程度で退学を決心してて狂気ですね。決心した後は、まず社長に相談して、当時のバイト代だと生きていけないので、もう1つバイトしようと思います~って話したら、即断で社員になればいいじゃん。って流れになり、当時は役員とバイトだけだったため、めでたく正社員第一号になりました。
んで親に電話して、やりたいことが見つかったことと、今辞めれば後期の学費かからないよ!とか意味不明な説得したりして、なんとか了承を得ました。友達には全員に勿体ないと言われましたが、逆にこれが正着なんだと俄然やる気でました。
今現在、当時の生き残りは俺と社長だけですが、要所で即断即決できるってのは、運や努力を手元で具体的な形にするための重要な要素だろうなと強く思います。
給料の話
アルバイトとして最初にもらった給料は 35千円 でした。そもそも儲かるかどうかすら不明な学生集団の会社であり、ようやくまともに出せた最初の給料であったため、経営陣が嬉しさと少しでも多く見せたいという思いを込めたジョークで、この時だけ全て千円札でした。千円札だけにするほうが面倒であることから、すぐに万札込みになりましたが、それほど衝撃的な出来事だったということです。今だと、資金調達が簡単とは言いませんが、昔より機会や手段が多いでしょうから、滑稽に見えることでしょう。社員登用前の最後のバイト代は 6.5万円 でした。その時点の生活費の支出は12~13万円だったので、親からの仕送りをゼロにしつつとなると、もう1つバイトをすることになるわけですが、正社員の話が舞い降りたことで事情がガラッと変わりました。
そんな正社員最初の給料は 16万円(手取り13万円)でした。少ないと感じるかもしれませんが、正社員制度が初だったのでお試し的な要素もあり、しかし生活するには十分であったため何も不満はありませんでした。
その1年後、給料は 24万円 になっていました。普通の企業事情を知らないため、この1.5倍がどのような変化なのかすら判断できないし、生活にも趣味(鉄拳・雀荘)にも足りていたので、昇給自体に全く興味がありませんでした。金銭よりも、自分が取り組んでいること自体の価値が高かったのです。
今現在はエンタメ系上場企業として、平均年収が上位になっていますが、どベンチャーだった時代はまともな人なら誰もが敬遠しそうな台所事情でした。当時はそのことを本当に一切気にせず、ただ楽しさで仕事や勉強をしていましたが、紛うことなきリスクであり、その無意識に取ったリスクは思わぬリターンとなって返ってくることになります。
資産形成の話
これは私にとって、公の場で書いても確実にデメリットしかないことですが、資産形成はベンチャーを語る上で絶対に外せない話だと考えます。あえて書くのは、若手がベンチャーやスタートアップといった類の道を歩むためのヒントになればという意図であり、それ以外の余計な感情は含まないことを先に述べておきます。会社を起業したとき、そしてそれが成功(=ここでは上場とする)したとき、最初に起業した人物を別格とし、それに参画した順に大きな資産形成をできる可能性を含んでいます。具体的には、起業者は数十%の株式、初期メンバー数人には数%以下の株式、さらに十数人から数十人にはストックオプションで少々、といった具合です。ストックオプションは、割当時の金額を自腹で払って取得する必要があり、売却時の利益に約20%課税されるのは同じなので、やや運にも左右され、条件としては現物よりだいぶ劣ることにはなります。
途中で増資や分割など色々あるので、あくまでこの割当%は例ですが、いろんな上場企業の株式の時価総額を見れば、仮にそれが 0.1% だとしても、一般人にとってどれほど大きな価値になるかイメージできるでしょう。最近の新規上場企業の資料を見て、どのような価値と分配がされているのか、そこから各個人の所有する価値がどのくらいなのか、を知ることで、現在まさに起きているリターンの傾向を理解するヒントになるでしょう。
ただの一般人がそれなりの大きさの資産形成をする少ない手段の1つがこれで、起業そのもの、もしくは起業まもない企業へ参画するというリスクに対する大きなリターンとなります。私はリスクもリターンも何も知らぬ世間知らずなエンジニアとして在籍していましたが、ほぼ知らんうちに株式を所有していました。こういったリスクやリターンは若いうちに認識・理解し、狙ってそういう道へ足を踏み入れ、数回のトライのうちに成功を掴み取る、という流れのほうが健全で成功確率も高まるし、意外と今の時代は総合するとリスクは低いのでは、とも思える部分については後述していきます。
また資産形成といっても起業時の株式関連が全てではなく、各会社毎に様々な取り組みをしていると思います。今は退職金がない代わりに、積み立てたり、所得控除にしたり、株式を配布したり、と時代の流れと共に様々です。昔だと自社株所持は忠義心みたいな側面もあったかもですが、少なくともいち社員にとってはただの資産形成の内の1つに過ぎません。会社が定めたルールに従って売買する分にはなにも悪いことはなく、むしろ社員が自身の資産形成を上手にやることは望まれるべきです。
どのようなタイミングで入社するにせよ、単純な給料以外において、どのような仕組みがあり取り組みをしているのか。という質問は是非してみるとよいでしょう。その会社が、どのくらい社員の引退までや老後の生活を視野に入れているのか、を垣間見ることができます。
しかし往々にしてベンチャーであればあるほど、そういった取り組みにまで着手できていないことが多く、その不安定さや低リターンどころか、ナニワ金融道ばりにいつ会社が潰れて路頭に迷ってもおかしくないというリスク込みでの株式割当ということになるのでしょう。
標準的な道のりから見ると時にリターンの大きさにのみ目が行きがちになりますが、こういった甘くないリスクを、運と、努力と、覚悟と、決断、そして時に馬鹿さといった総合的な瞬発力で乗り越えた結果であって、決して羨まれるようなものでもなく、また自慢するものでもなく、ただ我が道を切り開いた自身を誇ればそれで良いのだと思います。
リスクの話
序盤の低賃金や各種制度の薄さは生活の不安定に直結しますし、それどころかそもそも会社が存続すること自体が非常に稀であることがデータからわかります。なんとドリコムは現時点で 0.3%以下 に当てはまるわけで、社長はまだしも平社員の私が 0.3% に勤続したのは、数字以上に尋常ではない狂気を含んでいます。仮に上場が1つの目標ゴールだとして、そこまで一気に突っ走れるパターンと、波に揉まれてようやく辿り着くパターンがあり、ウチは完全に後者にあたります。上場したとしても、ずっと右肩上がりになることは難しいので、どこかで業績が急落したり風向きが怪しくなります。このいつか必ずくる荒波は転換期であり、超えられるかどうかはほぼ経営層にかかっています。簡単に沈む会社もあれば、奇跡的に乗り越える会社もあり、1度でも乗り越えた経営者はリスクへの対応や感度が敏感になるなど、他者から見てもグッと信頼度が上がるようです。
では社員はというと、ベンチャーに限らず傾きかけた企業からはどんな人材も裸足で逃げ出す可能性があり、私の場合は私が知るだけでも冷や汗どころじゃない状態が数回あったし、おそらく経営陣目線だとその数倍は苦労に遭遇したことでしょう。ただ単に1つの会社が 0.3% を生き抜いただけでなく、数度に渡る死の淵を経て、なお 0.3% に在籍し続けている、というのはいかに異常な判断かわかるでしょう──というより判断していないバカとも言っていいくらいです。
また業績に関連しなくとも、序盤の学生同僚の多くは、卒業とともに普通の就職をして離れていったし、他の重鎮メンバーも自身の異なる目標のために離職したり、逆に明らかに合わなそうな人が入ってきたり、といった人材の流動がいくらでも発生するので、人材の集合である企業としては常にリスクを抱えて踊っているようなものです。
様々な不安定さもさることながら、人によっては、常に変化し続けていく環境である、ということの方がどこかで勤続を妨げる要因になるかもしれませんね。
継続する話
この辺からエンジニアとしての話にも入っていきます。ではそういった環境において、継続するコツや心構えにはどのようなモノがあるのでしょうか。という私の感想です。技術力
最も重要なことは地力をつけることです。エンジニアなら技術力の根幹といえる知識と経験になります。大企業では手取り足取り研修から始まり、部分的な役割と仕事を割り当てられ実力を積みますが、ベンチャーでは自分以外に頼る方法は無いと考えてよいです。設計も構築も運用も、必要なら何でも取り組むので、タスクを解決していくためなら、あらゆる情報に手を伸ばしては吸収し、ひたすら試行錯誤を繰り返していくことになります。そうして磨き積まれた技術力は、1つのサービスを1人で提供できるまでに至り、あらゆる課題に粘り強く対応できる、自分ならではの技術セットと自信を与えてくれます。そしてその自信があれば、仮に会社が潰れても、いつでもどこでも転職してやっていけるという根拠になり、多少のピンチで簡単に揺らぐことはなくなります。
自己管理
時には会社や仕事に嫌気をさすことは出てきます。人間だもの。例えば、コーディングが楽しくて仕方なく、データ整理がつまらないとしたら、それらがモチベーションの波を形作ることになります。この波が低いときは、飛んできた転職話が魅力的に見えたり、評価が下がりやすい行動になりがちなので、波を自身の意思で意図的にコントロールできるとよいです。
仕事の内容や、担当上司の変更、所属部署の移り変わり、組織構造の変化など、どれも自分にとって楽しい時期があれば、相対的に楽しくない時期も存在することになり、常に自分にとって都合の良い環境条件は無いということを認識するべきです。
認識できれば、沈む時期にはあえて休みを取得したり、仕事と関係ないことに注力してみたりすることで、徐々に回復しつつ次の上昇波がくるのを待ったりキッカケを探すことができます。こういったモチベーション管理は上司や環境にはできるだけ頼らず、あくまで自己で完結させることで環境の変化に依存することがなくなります。
環境適応
ベンチャーは人材やルールが常に変化していくので、いちいちそれに嫌気をさしていたらキリがありません。それに適応し続けるか、むしろ何も気にしないくらいが丁度よいです。俺が長年勤続できているのは、転職に変化を求めるのではなく、周囲の入退社を変化とし、やりたいことは自分で探して、暇なら暇で割り切って暇つぶしをする、という意識でいるから。と思た
— 外道父 | Noko (@GedowFather) March 4, 2020
ただし、エンジニアとしての評価に不満がある場合は、キッチリ声を上げることは重要です。エンジニアはエンジニアリング技術を提供することで対価を得るので、その評価軸や方向性に納得感がなければ、遠くないうちに破綻してしまいます。
お互いに転職する/されることになっても不幸なだけなので、目標や評価のすり合わせは黙って適応せずに主張していくことも肝要です。
スペシャリスト適性
序盤は組織のキャリアパスというものが無かったりしますが、人が増えるとマネージメント/スペシャリストのような、いくつかの具体的なキャリアパスが敷かれるようになります。そして、エンジニアが最も離職するキッカケになる理由の1つに、マネージメント職になる、というものがあります。マネージメント職というものは、人をまとめたり評価したり、経営層と関与したり会議をいっぱいしたりと大変です。大変だから、わかりやすく給料も高くなりやすい、という風に私は解釈しています。それと比較してエンジニアの待遇が低い、のような話もよくありますが、それはまた別の話。
とある中級~上級クラスのエンジニアがいたとして、より給料を上げるためにとか、組織の都合で抜擢するとか、完全なスペシャリストの道を断念するとか、様々な理由によってマネージメント職もしくは兼務に方向転換するのはよくある話です。
しかし残念なことに私の観測範囲では、そういったエンジニアはもの凄く高い確率で後に離職します。これは至極当然な話で、多くのエンジニアは人付き合いやコミュニケーションがあまり得意でも好きでもなく、エンジニアリングが楽しいからその職についたわけです。なのに技術に接する機会が減り、政治だ予算だ調整だのとやってたら辞めたくなって当たり前ですよと。
なので私は20年間、一切マネージメントに関わったことがありません(キリッ
だって絶対ぇ
マネージメントやるな!って話ではなく、いろんな理由でマネージメントをやるようになったとしても、自身の適性や目的を振り返ってみたり、もし合わない場合は早めにまた元の道に戻れるような、そういう機会が設けられていることが望ましいですね。少なくとも、よかれと管理職や経営層に舵を切って、結局辞めるってのは誰も幸せにならないので……
適性の話
ではどのような人ならベンチャーに適性があるかと考えてみます。薄給を意に介さないとか、会社で寝泊まりするとか、ベンチャーならではの色んな経験もしてきましたが、そういう泥臭い部分ってのは本質ではありません。第一に楽しめること。そして飛び込む勇気があること、だと思います。
楽しければ伸びやすく継続しやすいので言わずもがなです。人に言われないと動けなかったり、定時や休日を真っ先に重視するような人にはまず向いていないでしょう。特にこの文を見て、サービス残業という単語が思い浮かぶ人は絶対にやめたほうがよく、この表現が意図するところはそういう人には説明しても無意味ですし、適性のある人には説明する必要すらない、そんな内容だからです。
次の勇気は人生に直結するので、こちらの方が難しい話です。馬鹿となんちゃらは紙一重って言いますが、勇気でもあり蛮勇でもある、そんな表現がぴったりな決断になるであろうからです。
優秀な人材が就職活動において、最終段階に大企業とベンチャーで迷っていることはしばしば見かけますが、そういう人には正直に、大企業を選んだ方がいいと伝えるようにしています。その時に大企業を選ばなければ、後からそこに入ることが難しいとか、大企業の方が手厚く進行してくれるとか、そういう安定面からというのはありますが、そもそも迷っている時点で適性が薄い、と私は見ますし、確か社長も似た助言になるようでした。
おそらくこの僅かな迷いは、その後の成長や変化のスピードに耐えられないのではないか、お互いにとって得しない進退になるのではないか、という側面が垣間見えるといったことですね。
ただ今の時代は、大企業からベンチャーまで色んな形態があることが普通であり、エンジニア不足?もあって転職しやすい環境下にあります。どこに在籍しようとも、目の前の仕事をこなしつつ、それ以外の勉強も真剣にこなせば、どの企業にも中途採用される可能性があると考えれば、あながち初手ベンチャーもそうリスクが高いとは言えない気がします。そうであれば違いは、安定した条件での就労環境か、大きなリターン狙いか、くらいであって、それなら若いウチに大きく命を張った方が、手元に残る成果の期待値が高くてよいのでは、と私は思います。特に、所帯持ちになるとハイリスクな挑戦はしづらくなりがちですし、どんな決断も早いに越したことはありません。
そして1つ確実に言えるのは、世の中には天才みたいな人材はほとんど存在しなくて、デキそうなエンジニアのほとんどは、シンプルにそのエンジニアリングにつぎ込んだ時間が膨大である、ということです。
平日8時間しか取り組まない人は、定時も休日も気にしない人にはほぼ敵わず引き離される一方になるのは当然です。前者を非難する意図はありませんが、少なくともベンチャーにおいて大成するかといえばほぼ無理で、遠くないうちに流れについていけず離脱する可能性が濃厚です。
でもこれはどんな業界のどんな職種でも同じ話で、かけた時間がほぼ全てであり、時間をかけられたということ自体が適性を表している、ということになるのでしょう。
重ねて私は20年以上を勤続してきましたが、マジ正直な話、この会社が特に不安定な時代に入社してきた人には「正気かこの人」って感想を抱いていたし、今でも10年以上勤続している人は実はそれなりにいて、「この人ブッ壊れてんな」って思って見てますが、
多分客観的に見て俺が最もブッ壊れてるので、一度は何かがブッ壊れた集団に飛び込んでみて、常識の殻を破るって意味ではオススメしたい決断であり、賢明な判断もそれはそれで尊いよなと思いつつ、次の30年までまた歩み始めようと思う次第でございます:-)